■々小説■
可能な限り「々」を使います。
昔々あるところに、極々平々凡々な1人の女がおりました。
「いっけない! 少々遅刻だわ!」
(物々交換で手に入れた)時計の針が示す数字を見るやいなや、
野々村カナは思わず荒々しい声をあげた。
日曜の朝8時。いつものカナなら往々にしてまだ寝ている時間だが、今日は違う。
佐々木三郎と、先々月以来、久々のデートなのだ。
月々9000円のローンで購入した58万円の羽毛布団を跳ねのけて、
壁に貼った勝新太郎先生のポスター(物々交換で手に入れた)に深々とお辞儀。
好物の坦々麺も今朝は早々に切り上げ(無論「謝々」の気持ちは忘れずに)、
早速メイクに取り掛かる。
ファンデにマスカラ、グロスは濃い目を・・・。
諸々の手順を次々にこなし、隅々まで入念にメイクを施すうち、
元々は地味な作りのカナの顔が、徐々に華々しく変化していく。
特に肌などはまるで十代のそれのように瑞々しく輝き、
翌々月に四十三歳を迎えるようにはとても見えない。
「これだけ効果があるんだもの、この9万円のファンデ(原材料:南米の木々から採取した樹液)だって、
ちっとも高くなんかないわ」
そうこうしている間にも、約束の時間は刻々と近づいてくる。
「いってきまーす!」
すると様々な人々の「いってらっしゃい!」の声が・・・聞こえるはずもなく、
弱々しい残響音が1人暮らしのワンルームに拡散し、やがて消えていった。
12月の空気は寒々しいが、それでいてどこか清々しい。
代々木駅までの道すがら、カナの脳裏に浮かぶのは過去の出来事だ。
思えば、数々の男との出会い、そして別れを繰り返してきた。
全国津々浦々の「男」という街を転々とし、行く先々で傷付き、
そして時には相手を傷付けて・・・そんな堂々巡りを散々繰り返してきた。
いいところまで行っても、結局はダメ。
言うなれば、いつまで経っても恋愛甲子園準々決勝敗退の身。
しかし、長々と続いたそんな痛々しい日々にも、近々終止符が打たれる。
つまりそれは、三郎との結婚。
確かに、年の差が気にならないといえば、それは白々しい嘘になる。
愛があれば、年の差なんて微々たるもの。
軽々しくそう口にできるほど、カナは若くない。
何しろ三郎は、若々しく見えるとはいえ、今年で八十二歳だ。
好々爺ではあるものの、関節の節々どころか関節そのものが痛いと常々言っているし、
いずれは介護等々の問題も出てくるだろう。
けれど、カナは自信満々で、興味津々で、気分も上々だ。
事実カナは、三郎になら何だって話せた。
自分の生い立ち(段々畑で拾われた)のこと、
若い頃遊び半分で入れた蝶々のタトゥーのこと、
どんなに生々しく赤裸々に話しても、三郎は渋々受け入れてくれた。
私たちは、もはや運命共同体なのだ。
否、我々は、もはや運命共同体であるのだ。
木枯らしが、葉のない木々を揺らす。
だが、寒さは微塵も感じないカナだった。
60個ちょっと使えました。